面白さを育む方法

面白さを育む方法 ― ジャーナリングの続け方と本質

面白さを育む方法について。一つは、まあありきたりでみんなが言っていることなんですけど、日記をつけるということ。ジャーナリングノートを作る。

でもこれ、言われた時に「そうだよね」って思うだけで、何の気づきもない、面白いものもないと思うんですよね。当たり前すぎて。

じゃあ「どうつけるか」が問題

大事なのは、ノートをどうつけるかっていうこと。ジャーナリングを続けるための仕組み、アプリ、いろいろあるけど、続くためのモチベーション設計が必要かなと思います。

その人にとって「面白い」と思える何かがないといけない。

人によっては、ビュー数とか、いいね数とか、そういうリアクション。あるいは誰かから感想やコメントをもらえたら、それがすごく嬉しいとか。noteだったらリアクションがもらいやすかったり、新しい投稿が人に見られるようなアルゴリズムがあったりする。昔だったらアメブロでコメントがつけやすいとか、そういう仕組みもあった。

でも正直、コメントもつかないし、誰にも見られないし、それでやめちゃうっていう可能性がすごく高い。

ゲーミフィケーションよりも「実感」

だから別の設計が必要で、ゲーミフィケーション的なところがいるんじゃないかなと思うんだけど、僕はゲーミフィケーションというよりは、自分がそれを実感として感じられることがあればいいと思うんですよね。

ノートをつけることによって、自分の変化を感じられること。それを可視化できるような情報になっていること。しゃべればしゃべるほど、たまればたまるほど、リンクができていけばいくほど、価値が生まれてくるものになっていく。

それは人にとっての価値もあるけど、自分にとってすごく価値があるんですよね。

紙のノートの限界と、デジタル資産化

紙に書くっていうのはすごくいいことだと思う。でも、それが活用されないということもある。

最近だと、しゃべって、吹き込んで、文字起こしして、それをブログ化する、デジタル資産化するっていう流れができる。

でも本質は、資産にするため、お金にするためにやってるわけじゃないんですよね。

本質は「生きる喜び」

これは、自分を掘り下げる、自分を表現するということ。人間の生きる喜びみたいなところに直結してくる。本来そのためにやっている。

続けていくこと。まずそれが一つ。